
『なぜ政治家になろうと思ったか』 参議院議員の山田宏氏との出会い、靖国神社の英霊の言乃葉のお話しを伺いました。 80年前、日本を欧州列強の侵略から守るために、10代、20代の前途ある若者たちが、戦地に赴き、両親を、兄弟を、家族を、愛する人たちを、そして、まだ生まれていない子どもたちのことを想い、故郷を想い、遺書を書きました。それは未来の私たちに向けた手紙でした。私たちの今は、戦争で亡くなっていった方々の未来です。靖国神社に眠る英霊たちの、こんな20歳がいたということを知ってほしい、という話を、山田宏参議院議員が杉並区長時代に成人式で新成人に贈る祝辞としてお話しされたそことを知り、涙が溢れ、心の、体の奥深いところがズキズキと痛み、同時に「私は今まで何をやってきたのか!」と自分で自分を叱りつけました。 そして、50歳を目前にして、これから先の人生は、日本のために、未来のこの国のために、尽くしていこうと決意しました。 靖国神社は私の原点です。今も、毎月一度、靖国神社の清掃奉仕を続けています。 『なぜ大田区議会議員になったのか』 仕事もうまくいかない、人間関係もうまくいかない、精神的にも肉体的にも疲れ果てていた時に、蒲田に住んでいる今の主人からお神輿に誘われました。一人の人間として、仲間として迎えてもらえたこと、人の温かさを感じ、乾いた心に染み入りました。そして黒湯の銭湯に浸かり、湯上がりは蒲田の商店街の中の飲食店でレモンサワーを飲みました。「ああ、生きているって幸せなことなんだな」と心から幸せを感じました。そして、こんなにも私を温かく包み込んでくれた蒲田のまちに一日にして魅了されました。だから私は、大田区の銭湯が好きです。大田区の商店街が好きです。大田区の飲食店が好きです。大田区に私という人間は、救われたのです。 私の座右の銘は、「真玉泥中異(しんぎょくでいちゅうにことなり)」という禅語です。「本当の宝物はたとえ泥の中にあっても輝きを失わない」という意味のこの言葉には「あなた自身が宝物」という意味が含まれています。 自らを否定しても前には進めない。「得意なことを見つけ、それを伸ばして、人を幸せにする」これが私の人生の答えだと思っています。人生100年時代、2023年にちょうど50歳を迎える時、政治家になるならこの大田区で、と決めました。人生の転機となった、ここ大田区で地域社会のために残りの人生を捧げることにしました。そして、こうした挑戦が、誰かの背中を押して、勇気を出して一歩前に進むきっかけになれば、幸いです。

